2004年01月01日
新春 お年玉登山記 アップ!! 神々の島 バリ島 (インドネシア)
     
バトゥール山 (1,717m) 登山記 12月28日

 バリ島 バトゥール山 位置図  カシミール地図がないよ〜〜〜

注:バリ島の最高峰は 「アグン山」3,142mで全てのバリ島ヒンズー寺院はこの山の方角を向いており、人々もこの山を向いて祈る。
この山の登山には登山ツアーに入って前日の深夜から登り始め、徹夜で登山をして朝日を拝むらしい。こんな不健康な登山など行こうと
すれば家族中からホテルのベッドに縛りつけられるだろう。 「バトゥール山」は上図でわかるように阿蘇山のように大爆発を繰り返して、
外輪山にアバン山(2,153m)やペヌリサン山(1,745m)を持つ。火口湖はバトゥール湖となっている。この湖畔の町トヤブンカ
登山基地で温泉がある。

「バトゥール山」本体は1917年と1926年に大噴火をおこし頂上が角のようになってしまった。最近は1994年に小噴火があり第四噴火口
が出来ているそうだ。

   
    ベネロカンから見る バトゥール山(1,717m)とバトゥール湖
    平成15年12月28日 06時30分 朝日を浴びるバトゥール山は美しい
    果たしてこの山に登ることが出来るのか?!

バトゥール山への道

12月26日から84歳の父、80歳の母を含む一族参加可能者8名で島インドネシア、バリ島へ旅行する事に。バリ島中部のウブドゥ
いう場所に初めて出来たリゾートホテル「マヤ・ウブド・ヴィラス&スパ・リゾート」という長たらしい名の素晴らしいホテルにて連泊。その
うちの一日を山キチ自由行動許可を貰いバトゥール山という火山に登る事にした。

  
     バリ島 原家8名にて               バリ島 ホテル前

性格上、全く下調べ無し。取りあえずいつもの山登りグッズを詰め込んで関空の本屋でバリ島の本を漁る。でもほとんどが買い物と観光で
登山ガイドは無い。少ない情報で、バトゥール山に登るには「トヤブンカ」という所からという事がわかった。
登山の事は全く知らないという現地人観光ガイドに「とにかく、トヤブンカまで連れて行って」と朝 0600時ホテル迎えを頼む。
バリ島の道路はほとんど信号が無い。そこをバンバン車を飛ばす。車天国と見えて人も犬も車が近づくと不思議なくらい皆避けてくれる。
06時40分ベネロカンという外輪山を通って火口湖のバトゥール湖へとくねった坂道を下りていく。
この道だけは建設用の砂を運ぶオンボロダンプカーが沢山煙を吐いて前をふさぐ。

ここがトヤブンカだという所で下ろしてもらうと、どこからともなく現地人がやってきて「山に登るのか?」と聞く。「バトゥール山に登るには
公認ガイド
が必要だ」と言って近くの粗末な事務所に案内された。どうも怪しげなので立て札の案内書きを確認に一旦外に出る。

 
   案内書き 立て札           30万ルピアでとりあえずガイドを雇う
1999年から公認ガイド制度となり     名前は マデ マスラ 26歳 子供2人
料金も正規に定められている。      バトゥール山にてコーラ売りのあと
妊婦や生理の女性は登山禁止     レストランで英語を覚え、ガイド試験に
苦情があればキンタマニ警察へ    受かり3年くらい前から公認ガイドとなる。

シェルパ原がシェルパを雇うハメに!

案内板を読んで、マア仕方がないと事務所に帰る。ここで料金説明を受ける。
登山口から火口まで(頂上ではなかった) 30万ルピア(約3,600円)
登山口から火口経由、下山を少し北に迂回するコース 50万ルピア(約6,000円)
登山口から火口経由、南側熔岩サイドに迂回して降りるコースが70万ルピア

「30万ルピア払うからガイドは要らない」と言うが、「規則でガイドをつけなければならない」と返答。この交渉は無理っぽいので
「休憩なして登るから若いガイドをつけて欲しい」と言うと「ガイドが順番制だが丁度あなたのガイドは若い」と聞いてホッとする。
「これ以外に料金は要らんだろうね!!」と何度も念押ししながら支払うと、ちょっと迫力に押されて「途中で物売りなどの料金
は別ですよ」と丁寧な返答となる。

  
    トレッキングガイド協会 ガイド料 30,000ルピア の領収書

 
 今回のバトゥール山登山ルート図  日の出展望所までの往復が30万ルピア

登山開始 !

色々な交渉ごとを楽しんだ後、ガイド・マデ(この辺りに多い名前らしい)にミネラルウォーターを一本あげて07頃登山口を出発。
最初は畑や潅木が生い茂る溶岩台地の間を「バットマンの頭」に向かって進んでいく。

    
  登山口からしばらくはのどかな風景が続く 「バットマンの頭」が見える。

 
売店のあばあちゃん 庭には花が一杯  そこを過ぎると不毛の熔岩地帯に

熔岩も長い年月の間に風化すると肥沃な農地となるが、それまではどうしようもない岩が延々と続く。ほんの20分くらいは
中央アジアのオアシス地帯のような風景が続くが、おばあちゃんがほうきで掃除をしたり片付けをしている飲料水の売店
を過ぎると荒涼とした月面クレーターを歩く。

 
 農地のあちこちに熔岩の小山がある  第一下山者(オーストラリア人女性)が 

 
第二下山者 オーストラリア女性2名   第三下山者 オーストラリア人男2人

この登山道は一面熔岩であるが、草は所々生えている。徐々に傾斜が強まり、登り坂となる。すれ違う下山者は全て白人
オーストラリア人で結構ラフな格好をしている。(後でその理由がわかるのだが・・・) 聞くと皆 日の出を見に登って来たの
だが雲が出て見えなかったと言う。男性二人は夕日を見に又来ると言うから「またガイド料払うのかい?」と言うと肩をすくめ
て「道がわかったからこっそり来るよ」と答えたが、それを見逃す「バトゥール山トレッキングガイド協会」ではなかろうに。

 
 コーラ売りの少年 13ー15歳だ       バトゥール山の「山アジサイ」 

バリ島は10月から3月頃までは雨季で、日の出見学ツアー客は夏場の乾季に多い。でも少ないこの時期の「日の出ツアー観光客」
について2−3人のコーラ売りの少年が着いてくる。一本1万ルピア(120円)と言ってくるが高いと言うとすぐ半値になる。それでも
下界よりは高いのだが子供の顔を見ているとついつい買ってやり、私はコーラを飲まないのでガイドにやる。そんなに売れないのが
わかっているので子供達も4−5本しか持って上がらないと言う。学校もほとんどの子供は小学校までらしい。

 
 バトゥール山から外輪山を見る      エーデルワイズとバトゥール湖

そうこうしている内に、登山道は傾斜度が70度くらいあろうかと思えるほどの急坂になる。熔岩を足場にジグザグに登る。ガイドに
「大丈夫か?」と聞くと「問題ない」と答えるので休憩無しでドンドン登る。東赤石で見た「コウスユキソウ」か「ホソバノヤマハハコ」に
似た植物があちこちに見られるのでガイドに聞くと「昔オランダ人が植えたエーデルワイズ」だと言う。へ〜 スイスに行かなくても
赤道直下でエーデルワイズが見れたのかい?(ボクちゃんは7年前にスイスのユングフラウヨッホで本家エーデルワイズを見ている
んだが・・・)

 
 垂直に見える登山道           又オーストラリア人夫妻だ
   
知らぬ間に相当高い所まで登って来たようだ。下から見上げると頂上に見えたがその地点にくると、そこは火口の東側最下点だった。
オーストラリア人のカップルがいて女性はラップ歌手との事。彼らも日の出を見に来てしょんぼり帰る口だった。

 
香川から持ってきたマルパイを捧げる   東火口から上部を望む
 気圧の関係でパンパン状態        ここがガイド終点地だった

  
   日の出展望所から バトゥール湖、正面がアバン山(2153m)
    その向こうに雲を抱くのが 聖なる山 アグン山(3,142m)
  
 
   日の出展望所のコーラ売り     日の出展望所 小屋の中(厨房)

ガイドと しのぎを削る攻防戦 ワレ勝利セリ

さて問題が起こった。ガイド曰く「ここがバトゥール山頂上です。ここから来た道を引き返します。」 なぬ〜〜! そりゃお前さんサギ
!鷺!詐欺!やで
道理ですれ違った白人は軽装だった筈だ。私のはるばる日本から持ってきた大きなリュック(ブルータス・しんちゃんのお下がりだが)
を見て日本人は大げさな人種だと思ったに違いない。
いくら見直してもまだ上にさらに山がある。「ここは山頂ではない!」と言い張る私に、日の出展望所の親父やコーラ売りもが「ここが
山頂です」と言い切る。さらに「ここから見える景色はここから上がっても皆同じだよ」とこぞってアドバイス。

99.9%の観光客は急坂を必死で登って来た後、この展望所で大満足をして帰り、さらに上を目指す物好きな人はいないそうである。
確かに展望所の茶店小屋がその辺りに更に2軒ありその上には無さそうだ。
 
エサをくれない間はダレ切っている犬   バトゥール山に住む猿

ここで引き下がるのでは「ハイブリッド原」の名がすたる。ここからが腕の見せ所!まず10万ルピア(約1200円)をガイド・マデに
渡して、「これで私をフリーにして欲しい」と言い、時間待ちに犬にパンをやる事に。そうすると中からもう一匹犬が飛び出してきてエサ
の奪い合いをしだした。慌ててまたパンを投げる。いくら投げてやっても仲良く食べる事をせずに果てしない奪い合いが続く。 

ふと山の方を見ると今度は猿が叫んでいる。売店の大将に聞くと22匹猿が住んでいるらしい。エサは日の出見学ツアー客から貰って
いると言う。そういえば来年は猿年。

まだガイドが悩んでいるようだから、余っているパンを猿に投げてやると、今度は犬がそのパンめがけて疾走して行った。なんとか猿が
獲物を取って無事に逃げたようだ。
 
 東側 火口から更に上を見る      火口の断崖クレーター

さて、もういいだろう。リュックを抱えて一人でさらに右側の山頂を目指す。するとガイド・マデがそちらは危ないから、あと5万ルピア
(約600円)くれたら左側の山頂経由でさらに新しい第三、第四火口を通る特別ルートを案内すると言う。「良し来た!」
契約即成立。くだんの茶店の叔父さんに口止め料として香川銘菓「マルパイ」とのど飴をプレゼントして頂上目指して出発!!

「こちらの道を登るとさらにスゴイ景色が見えるよ」と言うガイド・マデ。 あれ?さっきまで「これ以上登っても同じ景色だよ」と言っ
たんだがねえ。

      
     この風景を右に見ながら頂上への取り付きに進む

  
  湖を背に南側の山頂を目指す    頂上手前には砂地の急斜面が

 
 下界を見渡す                砂地の急坂に苦戦

バトゥール山の頂に向かう登山道は素晴らしく、下界の熔岩地や外輪山が美しく眺められる。しかし山頂の縁部に近づくにつれ
道が細くなり、尾根も極端に痩せてくる。スリル満点の登山道です。

        
        結構細い登山道です 蒸気も揚がっています。

 
 黒く見えるのが熔岩不毛地帯      山頂からクレーターを望む
                         向こうに頭を出すのはペヌリサン山

   
   ガイドを残して火口縁の細い道を進む 石鎚天狗嶽岩場はまだ広い

  
我がガイド・マデと信頼関係バッチリ      頂上外周の傾斜

さあ 新しい噴火口を通って下山開始

ガイド・マデによるとここの公認登山ガイドは60人おり最年長は55歳くらいという。仕事が入る割合は一週間か10日に一回
だという。という事は月に4−5回の出動でしかない。これで生計がたっているのだろうねえ。「白人はほとんどガイドを無視して
話をしてくれない」らしい。だからガイドにミネラル・ウォーターや昼食のパンをあげる親切心が嬉しいらしい。(うまいこと言う奴じゃ)
ついでにおやつのチョコレートもガイドの子供にプレゼントと、2個もあげちまったぜ。

頂上の尾根でスリルを十二分に楽しんだ後、ほとんどの観光登山客が通らないという穴場下山道を通って下りる事に。登りは
熔岩道とは言え比較的草木があったが、この下山道スペシャルには草木が極端に少ない

 
 山頂から新しい熔岩地帯の境目を見る   下山道を先導するガイド・マデ

   
     ここから第二、第三火口を通り、最新噴火口まで下って行く。
      阿蘇の米塚に草が生えていないようなものだ

   
  どちらが早いか走ってタイムトライアル 途中でガイドの靴に石が

月面のような無機質な砂礫地を下っていく。途中、砂の下り坂では二人で走って下りた。ガイド・マデの靴はアメリカ人の女性
から貰ったもので底が剥がれていて石が入る。家に帰ったらウォーキングシューズがたくさんあるので写真と一緒に送ってあげる
と約束した。何と気前がいい日本人だこと!

 
  第二火口付近の平な道      第二火口付近からバトゥール山をバックに

   
     第二火口から第三火口への下山道 色が変わってくる

 
 結構これでも傾斜がキツイのです   面白い下山ルートをありがとうよ
(向こうに歩いて行く姿を撮れと言ったのに)(下界をメインに撮れと言ったのに)

      
      新しい火口付近から バトゥール山を見上げる 白いのは硫黄

 
 新しい火口には黄色い硫黄が見られる  そこを越えれば又熔岩ルートに

さて、日本ではめったにお目にかかれない火山の間を下山していく。9年半前に噴火した場所は小さいが、やはり色からして迫力が
ある。すこし硫黄の臭いもする。熔岩、砂、砂礫、熔岩と変化にとんだ下山道を快調に進む。途中には卵をゆでる事が出来る場所が
あり蒸気が噴出している。その場所では、岩のかけらを拾うとジュウジュウ音がしてとても熱い。土産に石を4−5個ポケットに忍ばせ
持って帰る。

    
 熔岩流跡を下山道に使う         ゴジラ岩 ?

さて時計を見ると時間はまだ11時。都合4時間で登って下りてきた。前もってこのガイドにチェックの所、今回の私が使った登山口
はトヤブンカではなく隣町のプラシャティだと言う。ならばちょっと物足りないので、このガイドの家があるトヤブンカまでトレッキング
ガイドを5万ルピア(約600円)で追加依頼をして商談成立。バトゥール山の裾野を横切り30分くらい歩いてトヤブンカ村に入る。
ここは温泉などがあり、バトゥール山へ登る人への安い宿がある。

 
   裾野に点在する熔岩の小山       ヒンドゥーの祠  

トヤブンカに入るといきなり「マッサージ、マッサージ」と女の人が群がってきた。バリ島の物売りのしつこさは有名で、観光地やレス
トランに車がつくなりワンサと押しかけてくる。最初は戸惑って相手をするが、もう2日目からはうんざりして冷たい対処が出来るよう
になる。この時点でルピアが底をついたので美人には笑顔で断り、そうでない女性には「NO MONEY」と切り抜ける。

ガイド・マデの家を覗いたり、露天温泉風呂を覗いたりしたあと、「ベモ」とよばれる乗り合いトラックに乗って隣町の登山口まで帰った。
すでに自転車2台と男の人が3人、途中で女の人が1人乗ってきた。このベモは特に値段は無く、ポケットをさらえたルピアの有り金
全部を渡した。(日本円で100円くらい) 

 
 ガイドの家 カメラ目線に慣れていない  トヤブンカの温泉 
 
 乗り合いトラック「スズキ・キャリー」   キンタマーニ展望所で両親と無事
 の荷台からの風景 (ベモ)              合流

(注) 「キンタマーニ」は有名な観光地名でバトゥール山を見渡せる高原地帯
     別に故意に使っている地名ではありませんのであしからず

登山口にて原家の向かえが来るまで、色んなバイクが停まり「日本人か?」と親しく話しかけてきて 何かを売りつける。すべて
「NO MONEY !」で追い払う。金が無いと言う真実は重い。

バリ島の花

  
  
  
  
  

かくて私のバリ島 無計画、ぶっつけ本番「バトゥール山」登山は完遂され、一時はこの無謀きわまる息子の暴挙を嘆いた心配性
の母親をホッとさせ、無事一族、家族の迎えの車に合流し、キンタマーニにて登った山を眺めながら食事会となった。
教訓: 日本は冬でも赤道近くの山へ登るときには「日焼け止めクリーム」が不可欠だった!
今、原は真っ黒に日焼けした顔で正月を迎えている。


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