平成17年8月6日ー7日
一ノ森から槍戸山を目指す男、 剣山から次郎笈を目指す女
キーワードはキレンゲショウマ
平成17年8月6日 剣山行場 キレンゲショウマ鑑賞
8月7日 剣山― 一ノ森 − 槍戸山 −次郎笈 −剣山 縦走


剣山近辺縦走路概略図   地図作成 国土地理院数値地図50000 承認番号 平15総使第634号

第一章 一ノ森から槍戸山(やりどやま)を目指す男

真っ暗な尾根道を小さなライトを照らしながら剣山から一ノ森を目指す中年男がいた。東の空がかすかに白んで手前のピークの
シルエットが現れた。小鳥さえまだ目覚めていないこんな時間に小さな灯かりを頼りに黙々と歩いている。

 
東の空が少し白んできた           二の森のシルエットが現れる

男の脳裏には昨夕訪れた剣山行場で再会したカエデのような大きい葉から一斉に同じ方向に向かって躍動するキレンゲショウマ
の花が次々に現れる。この時期大勢の人出で賑わう日中を避け存分に可憐な妖精達の風情を喜ぶサマンサの様子に満足しながら
暮れなずむ尾根道を剣山ヒュッテに向かったのだった。

     
          剣山 行場に咲くキレンゲショウマ

       
                キレンゲショウマの花

その同じ道を今逆に東へと向かっている。一ノ森への最後の坂を登る頃には日輪が顔を出す辺りの雲が赤く染まって周りの山々
をうっすらと照らしている。この太陽のエネルギーを待ちかねた様に先ほどから小鳥が一斉に声を上げていた。一ノ森山頂では
ヒュッテで泊まった数人の人たちが気楽な格好で山々を眺めたり座ったりして今日の御来光を待っている。

        
            一ノ森付近にさしかかると辺りが白んできた

男は一度このグループに合流すると見せかけて、更に東へ詰め、今度は刈り払われた笹道を下りて行く。この頃には既に辺りは
明るくなり正面の白骨林越しに目指すピークが現れた。そう 目的は「槍戸山」だったのだ。次郎笈(じろうぎゅう)の美しさに魅せら
れたこの男は朝日に照らされた剣山系屈指の美景を誇るこの山を見る為に、朝露で下半身を靴の中まで水浸しになりながら槍戸山
へ急ぐ。途中で笹薮も少し現れるが藪を恐れる繊細な神経を持ち合わせていなかった。

        
           一ノ森から槍戸山縦走路 (正面が槍戸山)

    
         日の出前の次郎笈   槍戸山より

あと槍戸山山頂まで100mという辺りで無情にも朝日が地平線から誕生してしまった。この男にはいつもこういう不運が付きまとって
いる。まだこんな不運などマシな方らしく、その荘厳な瞬間を満足げに立ち尽くして眺めている。

      
                  槍戸山からみる日の出

剣山方面から望む槍戸山は実に地味で、一ノ森から槍戸川に落ちていく稜線でしかない。そう、槍戸山は眺められる山ではなく、
そこに来て眺める山といえる。そにに立たないとその良さがわからない。あたりまえだのクラッカー

      
             槍戸山登山道から朝日に照らされた一ノ森

立ち並ぶ白骨林が朝日を浴びて赤く照らされ、その向こうに剣山の黒い巨体が威容を誇る。正面にはお目当ての次郎笈が期待
通りの秀麗な姿を見せ、朝日が天辺付近を既に照らしている。男は満足の様子で倒木に腰掛けて哀愁の猫背姿勢で辺りの山々
を眺めている。キノコ雲が南の空に見え今日も暑い一日になる事を予告していた。

      
                     槍戸山から剣山

    
                     槍戸山から次郎笈

 
    朝日を浴びた登山道        相変わらずバカな男のポーズ

      
        槍戸山山頂  バックは剣山

  
   槍戸山登山道              深い笹薮も少しあります

男は木々に覆われた槍戸山登山道の美しさに何度も振り返りながら一ノ森へと戻る。時刻は6時をまわった頃で一ノ森ヒュッテ
の小振りな建物が結構自然にマッチしている。一ノ森山頂に回るが、もうそこには先ほど息を呑んだ思春期を思わせる心騒がせ
る日の出風景は既になく、ありふれた夏の登山道の装いに帰っていた。

       
      槍戸山登山道から剣山への尾根道 (2つピークがある)

       
              一の森 (槍戸山登山道から)
     
     
                 槍戸山

 
    一ノ森ヒュッテ             一ノ森 山頂

一ノ森を下りると行場へ下りる分岐があり、ここに1965年雪崩により殉職された剣山測候所職員の「殉難の碑」があり、当時
気象庁に在職中であった新田次郎氏の「山を愛し 気象観測を愛し 妻子を愛せし 男ここに眠る」の言葉が刻まれている。
碑の下にはコモノギクが献花の様に咲いていた。

 
一ノ森・行場分岐              遭難の碑(新田次郎氏の

 
   通りすがりの二ノ森           剣山に帰って来た

二ノ森という取ってつけたような山名板があるピークを過ぎると剣山ヒュッテの建物が見えどうやら男は朝食に間に合ったようだ

第二章 剣山から次郎笈を目指す女

剣山の山頂にはミヤマ熊笹保護の為に長い木道が敷設されている。昨夜の雷雨から一転して剣山系の山々に朝日が降り注ぎ
、そのデッキの西端にたたずみ清清しい風を受けながら眼前に広がる緑の山塊を見つめる一人の中年女性の姿があった。

     
             剣山 山頂の木道

      
            次郎笈(じろうぎゅう)

昨夕見た可憐なキレンゲショウマの姿を思い起こす。昨年の雨に打たれたキレンゲショウマも良かったが、今年もそれを見ること
が出来た満足感で先ほど剣山ヒュッテの朝食をお代わりしてしまった。

     
          剣山行場のキレンゲショウマ 8月6日

  
   キレンゲショウマの蕾             キレンゲショウマ

この中年女性にはもう一つの秘めた目的があった。

昨年の同窓会登山で夕闇迫るこの場所で、霧に見え隠れする威風堂々たる次郎笈の姿を見て、美形好みの彼女はその
格好良さに惚れてしまったのだ。以来、あそこの山頂に立ちたいという夢が芽生えていた。美形好み・・・現実では満たされ
なかったこの小さな夢に向かって今から歩き出そうとしているのだった。

     
                  次郎笈

剣山の西端から大剣神社分岐まで岩がゴロゴロする登山道を注意深く下がっていく。右手には塔ノ丸への尾根が長く伸びて、
その奥には矢筈山、石堂山、黒笠山が並んでいる。前方には三嶺方面への縦走路の山々が見渡せる。
先ほどから美形には程遠い同伴者がまるで鎖から放たれた犬の様に登山道を離れてあちこちを走り回り、時々意外な場所
から頭を出してこちらを見ている。単純すぎて未だによく理解できないこの男と33年あまり生活を共にしてきた事を不思議に
思いながらひたすら道を下っていく。

 
   剣山を下る              アザミが登山道に彩を添える

大剣神社分岐付近には団体登山者の荷物が沢山登山道の脇に置かれている。次郎笈からまた戻ってくるのに重たい荷物は
不要な訳だ。しばらく比較的なだらかな道が続くと、三嶺への縦走トラバース分岐付近から一気に上りとなる。色とりどりの団体
登山者が先を歩くのにつられるように後を追う。

    
      広島大学の若者一行とすれ違う 若いっていいわ〜

 
    次郎笈縦走路             三嶺縦走へのトラバース路分岐

     
      塔ノ丸  その向こうに矢筈山、石堂山、黒笠山

      
        伊予富士の急坂を彷彿とさせる次郎笈の上り坂

次郎笈の美しさはその容姿の端麗さと、今風にそよぐ急斜面を覆うミヤマクマザサの艶っぽい緑にある。北側の稜線に沿って
続く登山道の曲線でさえも次郎笈の美しさを引き立たせる。今夢見る夢子サマンサはこの美しい曲線を喘ぎながら一歩一歩
象亀の様に登って行く。

    
      緑のビロード 次郎笈斜面を覆うミヤマクマザサ

 
三嶺への縦走トラバース路         次郎笈山頂手前のピーク

 
およよ あれを又登っていくのね         次郎笈の急登

同伴者は相変わらず三嶺に続く縦走路のチェックや写真撮影に犬コロの様に走り回り視界から消えたり現れたりしている。
上から下山してくる団体登山者を所々で待ちながら休憩を取り、その悲壮な様子に「あと少しですよ」と励まされながら山頂を
目指す。

    
      剣山には秋を思わせるような雲が

振り返る剣山からの登山道が気の遠くなるほど長く伸びていて、あそこを歩いてきたのが信じられない様子だ。でもまだ先が
ある。急な岩場を過ぎると次郎笈の山頂の前に一つピークがあるのに気づく。「もう少し」と自分を励ましながらそのピークに
到達した。眼前が開けて次郎笈の「裏側」が見下ろせる。山頂を吹き抜ける涼しい風を少し太めの体一杯に受けながら眼下
に広がる山々を見渡して満足げな表情を見せる。

 
尾根道を振り返る              手前のピークまで到達 バックは剣山

     
      次郎笈の西側 三嶺方面への視界が開ける

     
       サマンサ 念願の次郎笈山頂に立つ

先ほどから抜きつ抜かれつしてきた5~6人のグループとやっと話が出来る余裕が出きて声を交わす。同じ香川県の観音寺
から来られたグループだった。程なく山頂へ着いたが、「次郎笈」と書かれた山頂標識を見るまでは安心出来ない。次郎笈
(じろうぎゅう)このちょっとへんてこりんな山頂標識を確認したあとヘロヘロとその場にへたり込む。 やった〜 ここが憧れ
の次郎笈。

第三章 ふたたびキレンゲショウマの行場へ

サマンサが山頂で満足しておやつ休憩をしている間に、私事エントツ山は反対側の登山道偵察に行く。剣山スーパー林道へ
下りて行く道だ。槍戸山でもそうしたように、山頂を通り越して少し下りて見ると意外と素晴らしい景色に会うことが出来る。
手箱山もそうだった。道はドンドン下がって行き大きな岩が現れた。この方向からは又別な角度から剣山を望む事が出来る。
まあ どこから見てもドデカイ以外に特に印象はないのだけれど・・・

 
次郎笈南側へ下りてみる        南側の大岩から眺める剣山

     
       西側には剣山スーパー林道が山肌を削る

この次郎笈には木陰が全く無いが風が涼しく、サマンサは剣山の上に浮かぶ雲を眺めながら斥候犬が帰ってくるのを待っていた。
 帰るのを待ちかねた様に「もう一度行場のキレンゲショウマを見ながら帰ろうよ」と言う。ちょっと人出が気になるが昨夕じっくり
見ているのでいいじゃろう。

     
         次郎笈の意外になだらかな山頂を後にする

     
               大好きな岩場

次郎笈の稜線には一昨年沢山のコモノギクが咲いていた。今年は二株しかまともに割いていない。登山道沿いのコモノギク
これだけ減っているのはいくらなんでも天候のせいだけでは無いだろう。

 
    コモノギク                    オニユリ

剣山の山頂へ帰ると案の定人が一杯ですぐにヒュッテに帰り預けておいた荷物を引き取り行場へむけて出発する。ヒュッテ下
の分岐から右へ進み行場への急坂を下りていく。この道は木々に覆われ涼しい。下から上がってくる登山者が口々に一方通行
になっている行場の混雑を愚痴る。花の時期が限られているんだもの、仕方ないよ。鎖場の下で一方通行の登山道に合流した。
その前から喧騒の声がする。

  
剣山 山頂に帰る             山頂にある剣神社 本宮

 
     シコクフウロ               タカネオトギリ

 
行場へ下る                    小剣神社の岩壁
 
立ち止まって写真を撮る団体登山者の間をかいくぐって前に進むと、急にサマンサが得意のソプラノで大声を上げた。何事か?
とびっくりして振り返ると、以前の職場の知り合いに遭遇したのだ。この混雑した交差点で流れを止めてお互いの再会と健闘を
讃えあっている。小剣神社まで下りるとそこから一方通行で刀掛けの松へ向かう。

 
サマンサ 山で初めて知り合いに会う   刀掛けの松へと帰る

 
     イワアカバナ                  ソバナ

刀掛けの松から西島リフト乗り場に下りる間一体何人の登山者に会っただろう。小さい子供も沢山、中には普段着にサンダル
履きの女性も。まあ剣山はそういう山なのだが。ヒガラの集団が啼いていたのでカメラで追う。この連中は落ち着きがなく葉っぱ
の間を移動するので姿を撮るのが難しいことこの上ない。

 
 ヒガラらしき野鳥が             山頂でホバリングするヘリコプター

ヘリコプターが山頂付近でホバリングしている。 何か急病人でも出たのだろうか。昼過ぎに見残しリフト駅に降りるととんでもない
数のバスが停まっていた。予想される今からの混雑を後に帰路に着く。

キレンゲショウマ、夜明けの一ノ森と槍戸山、次郎笈山頂 山頂で一泊すれば本当に余裕の山歩きが出来る事が身にしみてわかった。



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