望郷シリーズ ぐるっと故郷(ふるさと)の山  ウェストサイド物語 マーシーとの出会い
大永山トンネルーちち山ー笹ヶ峰ー沓掛山ー黒森山ー飯岡(西条)  平成16年秋

平成大いなる野望 究極のサラリーマン週末日帰り縦走登山 大永山トンネルー土山越ーちち山ー笹ヶ峰ー沓掛山ー黒森山ー
片吹ー早川ー飯岡(西条)  17時間の記録



新居浜 ウェストサイド縦走路略図 (地図使用 承認番号 平15総使、第634号)

プロローグ

新居浜に生まれ育ち成人して故郷を離れ年老いていく自分はまるで鮭の回帰の様に故郷が懐かしくなる。
わいわいさんのヤブコギ日記で小さいときから見上げた串ヶ峰のヤブコギ登山道の存在を知った。このおかげで新居浜市を挟む「イースト
サイドの山々」は窓の滝から串ヶ峰、上兜山、物住の頭、西赤石、銅山峰と既に駆け巡っていた。

   
  新居浜 イーストサイドの山 物住頭ー串ヶ峰(中央)−西赤石

平凡な人間なら次に考えるのは「ウェストサイドを歩きたい」とくるでしょう。ごく平凡な私はその例に漏れず銅山峰からちち山、笹ヶ峰、
沓掛山、黒森山、大野山、大生院のルートを調べる。問題は黒森山大生院間の道だ。全体の距離から考えて途中で日が暮れる
のは必至。でも明るいうちに大生院「大野山の峰筋」までは到達できそうだ。2万五千分の一地図を2枚西条、銅山峰を貼り付けて、
大野山近辺の鉄塔の電線の角度と位置、林道にマークを入れる。
見れば見るほど黒森山から大生院までが遠い。地図を見るたびに気合が入ってくる。

車デポ地(大生院)
新居浜市上部地区の西端に位置する大生院(おおじょういん)は正法寺が大生院と呼ばれていたのに起因するらしい。前日の夕方、
国道11号線の大生院スーパー脇の信号を南に入り、高速道路を横切る広場まで来る。大生院の高速崩壊地を見ると新聞やテレビ
で報道された現場が生々しく想像できた。ここにアライグマさんちの集いでお会いしたKUROHIKOさんの家があるのだ。

銚子の滝」へ続く林道は通行止めの看板が。かまわず車を進めるが約1キロ地点で道路が完全に川に落ちていた。そこから崩壊地
を上流に向かって歩いてみる。アライグマさんちの共同道作り作業を経験しているので、多少の崩壊は「ほうかい ホウカイ」てな具合
でびっくりもせず越えて歩く。下りてくるであろう尾根を見上げる。道はないが直下り出来そうである。暗くなりライトをつけてこの崩壊した
林道を歩いてみるが、何処に下りても歩くには問題がなさそうだ。大生院に車をデポ


大永山トンネル―土山越−馬道の別れー1481.6峰―チチ山の別れ
(0600h − 08:30h)

西山、ツナクリ山が白んできた。朝日が山の間から今にも顔を出しそうで鳥の声、風の音が回りの山々を一斉に目覚めさす。朝日の輝き
には眠っている木々や動物を蘇生させるエネルギーを感じる。
時刻は7時、大永山トンネルを南に出た所の公衆電話ボックスの灯りで準備をし、漆黒の小沢をライトを頼りに登り始めたのは丁度6時。
それ以来近道らしき本沢沿いを上がったり、崩壊した広い林道を小さい月を見上げながら歩いてきた。

 
朝日が東から昇りはじめた        広い林道から尾根道に入る場所の藪

朝日を浴びる頃にはススキが多い茂って荒れた林道から土山越の小道に上がり、更に馬道の別れを過ぎていた。グランマー啓子さんの
レポートにあった「舟窪」の標識があり付近に船の形をした窪地を探すがそんなものどこにも無かった。ミズナラやコケ生した岩地を巻くと
大きいブナが斜面に現れた。単独で撮る写真では大きさの感じが出ない。グランマーとのツーショットでこのブナの大きさがわかるという
ものだ。

 
 土山越 ここから尾根道に上がる    馬道の別れ (馬道? 狭すぎる)
  
       舟窪分岐          グランマーが命の息吹きを聞いた大ブナ

そこを上がるとすぐ「こもれびさん」の登山記にあった「ヘンな四等三角点」が埋め込まれた1,481.6m峰に着いた。くろもじさんによる
と俗名「獅子舞の鼻?」って言うんだって。どう考えてもビューティフルな名ではない。突然、前方が開けてチチ山の別れへの稜線とチチ山
が姿を現す。朝日を浴びて濃い影を造った北側は絶壁をなし、寒風山を思わせたが形の秀麗さでそれを勝(まさ)っていた。「かっこえ〜
絶景や〜」と思わず叫んだ この山はここから見るのが一番形がいい。

 
なるほど ジャイロコンパスみたいだ  1481.6m峰

    
     ちち山の別れに続く尾根とちち山(右)               シコクシラベとちち山

       
              

尾根の登山道は笹が出始めていたが、途中から刈り込まれている。はは〜んこれがくろもじさんが刈った場所か?
少しの例外を除いて元来人間はそんなに悪人はいないと同じく、そんなに善人も又いないものだ。こんなところに草刈機を持ちこんで
せっせと一人で笹を刈る彼の動機は何なのだ。刈り込まれた登山道を理解に苦しみながら歩く。それにしてもいい景色。彼は普段こ
んなすばらしい景色を独り占めにしてるんだ。そのお礼に笹を刈る・・これでどう?

 
 くろもじ笹刈り街道         笹ヶ峰は雲をかぶっている

陽光に輝く笹原を登るとチチ山の別れに付いた。分岐点って独特のムードがある。人生の大きな分岐点など案外知らない間に通って
しまうものだが、ここにはちゃんと標識がある。
グランパー(グランマーのご主人)はここから冠山、平家平の美しさに魅せられて予定を変更して西へ歩んだらしい。人生の分岐点と
違って山の場合はそれが許される。確かに逆光に暗く妖しげに輝くこの尾根はセクシーで人を魅了する。
二つに分かれた北側の尾根筋は西山から向こうは雲が湧いて何も見えない。

 
    ちち山の別れへの笹道      ちち山の別れ標識からちち山を見る

        
           ちち山の別れから冠山ー平家平

ちち山 (1,855m) 愛媛県新居浜市、高知県井野町 (09:20h)

さあいよい主尾根を西に進む。笹ヶ峰も又雲が湧いて山頂付近を覆っている。その北側には今日の最終下山口になる沓掛山から黒森山
を経て大生院へ至る長〜い尾根が延びている。「きゃ〜 いかにも長くて遠い遥かなる道だ」

登山道をいつ振り返っても冠山と平家平が同じ形、角度で笹が黒く光っている。
ちち山へは登山道が南側斜面に付けられており、大きな岩が沢山配置されていて手箱山南斜面を彷彿させる。ちち山は知名度は低い
が標高1,855mといい山容といい申し分ない。南側のトラバース道から直角に山頂を目指す道があり急登をあえぎながら進むと、山頂
の祠が迎えてくれる。

       
           ちち山登山道より冠山、平家平を振り返る

       
        ちち山南斜面トラバース道  笹ヶ峰は雲が猛烈に湧いてきた

 
ちち山山頂への急登        山頂の祠 (デジカメの設定が・・)

山頂は狭いだけあって静かだが高知の山々を一望でき、ここが何故「山渓愛媛の山」に単独登場していないのか合点がいかない。
言葉がしゃべれれば「悲しいとき〜 オラがいつも笹ヶ峰のおまけの山に扱われているとき〜」と嘆く事だろう。。
チチ山の西斜面に下りると一面の霧氷で白く輝いていた。これまで霜がおりてはいるものの霧氷の気配すらなかったのでびっくりして
思わず「むひょ〜」って叫んだ。

     
      ちち山から 沓掛ー黒森ー西条への尾根 これを歩くのか〜

  
 ちち山の霧氷                霧のちち山 (西側から)

          

チチ山から下っているときは笹ヶ峰は濃い雲に覆われていたので、もみじ谷から尾根筋を沓掛山へ行こうと思っていた。しかし、
もみじ谷鞍部に着くと急に笹ヶ峰から雲が消えた。こりゃ、時間が30分くらい余分にかかるけど山頂までいかなきゃ〜

笹ヶ峰 1,859.5m 愛媛県西条市 高知県伊野町 (10:00h)  マーシーさんとの出会い

行ってよかった笹ヶ峰〜  ちち山にも優(まさ)る北斜面一面の樹氷。それに石鎚の雲も一緒に消えて最高の景色となっていた。

   
笹ヶ峰 東口よりちち山              笹ヶ峰 山頂直前

笹ヶ峰山頂には数組の登山者が思わぬ樹氷のプレゼントに喜びに浸っていた。川之江市から同じ道をここまでこられた若者がいて話を
すると、大永山トンネルから私の後を登ってきてちち山山頂にいる間にトラバース道を先回りされていた。健脚?私が衰えた?

 
     笹ヶ峰 山頂にて      途中で私を追い抜いた川之江の人(得意そう〜)
                         これがマーシーとの出会いだった 

 
 笹ヶ峰 山頂の祠             姫路から来られた方と

    
 これだって萩生の森さんくらいサイズアップすればいい勝負してるんだけど

    
            笹ヶ峰から西側 石鎚山を望む

先を急ぐのでこの景色に後ろ髪を引かれながら丸山荘に降りる。途中姫路から来られた4人組と川之江から来られた一人に会う。
北斜面の東にある樹林帯は樹氷に覆われていて、2年前に来た時を思い出す。これから進む沓掛山、黒森山、それから続く尾根が
見える。黒森山の向こうには茶色く相当規模の大きい地すべりが見られた。登山道大丈夫だろうか?

       
                 笹ヶ峰より 沓掛山

 
笹ヶ峰 北斜面の樹氷           また川之江から来た人に会う

 
 樹氷越しに丸山荘を見下ろす     問題の片吹(かたぶき)大崩落が見える

沓掛山 (1,691m) 愛媛県西条市、新居浜市 (11:40h)

丸山荘で水をもらう。工事関係者の人が、水場が凍っていているのでパイプを外している箇所まで親切に案内してくれた。庭の休憩所
にはお年寄りがのんびりと陽光を浴びながら笹ヶ峰北斜面の樹氷をゆったりと眺めていた。沓掛山への尾根に入る。ここにもブナが
あり、赤松林を過ぎると沓掛山への急斜面が姿を現す。今日は装備が重たいので何度も息を切らして立ち止まなければならなかった。
その度に今まで歩いてきた雲に見え隠れする南側を眺め、これで半分くらいは消化したのか〜と感慨にふける。

 
丸山荘にはソーラー設備が         沓掛山分岐

 
  ここにもブナが             沓掛山登山道

 
沓掛山が開けて現れる           急登でバテて石鎚を眺める

東方面は雲が湧いてきて展望はない。串ヶ峰を見たかったのだが残念。一方笹ヶ峰はボリュームを持って白く霞んでいる。その右側
には石鎚山が姿を見せる。喘ぎながら山頂に着いた。

 
     沓掛山 山頂           沓掛山 山頂より西を見る(右が石鎚)

    
    黒森山から片吹(かたぶき)への尾根 左に崩壊部が見える

沓掛山の山頂は細長く、西側の大岩に向かって道があるがこれは黒森山への道ではない。山頂の真後ろに黒森山へ続く道が
あり、最初は藪いた急坂を下る。ここにも一面の霧氷があり上から雨のように降り注ぐ。沓掛山は南と北で陰陽が分かれる。
南斜面は展望もよく陽気だが、北側は鬱蒼たる陰気さがある。この陰気さも魅力なのだが・・・

 
 霧氷がバラバラと降り注ぐ        岩とシャクナゲの尾根道

 
黒森山 (1、678.4m) 愛媛県西条市、新居浜市 (12:30h)

 
 霧氷が落ちていい感じ          沓掛山ー笹ヶ峰方面を振り返る

しばらく進むと、上兜山への痩せ尾根に似た風景となりシャクナゲや岩が見られる。以前登った時に「センダイソウ」が咲い
ていた大岩を通るが今は跡形もなかった。

数回坂を登り返すと東が開けた黒森山に着いた。ここは記念写真を撮る時後ろを気をつけないと断崖絶壁が静かに忍び寄る。
雲が相当湧いてきて赤石山系は想像するしかない。時刻は12時半。30分予予定より遅れたが、まあこんなペースだろう。

 
 黒森山 山頂 東側は絶壁         黒森山の尾根を下りる

さあ、今から未知のルートだ。不安と期待に中年軟弱山キチの小さな胸(?)が高鳴る。なんせ先は長いんだからドンドン歩くしか
ないのよね。狭い急坂をシャクナゲや潅木を掴みながらすべるように降りていく。しばらく歩くとなだらかな尾根道になり、スズタケ
の藪も少しあるが快調に進む。突然右手に石仏が2体現れた。これじゃ〜 えらい簡単に発見!正法寺が3度目の捜索でやっと
見つけたというこの不動明王は静に寄り添っておられました。

   
え〜 こんなに簡単な場所にいたの?  どうかオラを無事に帰してケロ

この権現様と出合った事で今回の目的はほぼ達成。あとは日が暮れないうちに大生院の大野山に乗らなくては・・・

今 そこに迫る危機 片吹(からぶき)の大崩落地 ( 14:00h )

不動明王が鎮座する堂ヶ平(どうがなる)を出発して進むと一箇所西条方面への分かれ道があり、地図とコンパスで慎重に
道を選ぶ。傾いた屏風のような1507mと1381.8mのピークを結ぶジグザグコースは所々に石積みが残り往時の笹ヶ峰
修験道を偲ばせる。

 
  スズタケのヤブ漕ぎ道          黒森山が遠ざかる

 
  急斜面を続く登山道            岩壁が多くなってくる

   
 だいぶ下がって来た             少し崩壊している沢部

突然、目の前に尋常ならざる大崩落地が出現。上も下も迂回できない高さと斜度だ。う〜〜んこれは大ピンチ。「え〜〜ん
 おがあぢゃ〜ん 怖いよ〜」 じ〜と斜面を見やる。下側は谷に向かって急角度で落ちている。上を見上げるとこれまた急
角度で山頂まで崩落が延びている。冷静にリュックの中からザイル代わりに持ってきたトラロープを出す。 あれ?短い 
それも輪になっている? これはアライグマさんちの子供達と電車ごっこをしたロープだった。あん時は楽しかったなぁ〜

 ふと現実に帰って大永山トンネルからず〜とストック代わりに使ってきた桜の杖を崩落地の向こうに投げる。予想以上に距離が
遠く、石に跳ね返って谷に落ちていった。私の身代わりになってくれたと信じて、一箇所だけ見つけたルートに入る。

 
うひゃ〜 いよいい現れたか!    これをズリ落ちたら大好きなアズキバーを
あの大崩壊部の正体!       もう食べられない それだけは避けなければ・・・


ここには取り付く岩場が殆ど無く、乾いた土砂が崩落しており足がかりがない。一箇所だけ岩が少し露出しており 5メーチルくらい
手がかりになっている。足場を作ろうと斜面を突っつくがバラバラと土が谷底に落ちていく。なるべく足に体重がかからないように
腕で支えてウルトラCの平行棒移動。その後は命が惜しいときに突出するアドレナリンに頼って20mの難関を渡りきる。

「ちょ〜気持ちええ〜」太目のスパイダーマンはそうつぶやいてこの危険箇所をクワバラくわばらと去っていった。

  
       根性とアドレナリンで渡りきった崩落現場

修羅場をくぐりぬけてもう怖いものはない。それからもイバラやトゲだらけの木をもろもともせず行進は続く。途中で知らぬ間に西
へ続く道に入り、沢に下りていく。こりゃイカン。空沢を渡り、岩場をよじ登って東へ軌道修正。植林の尾根道へ出てドンドン降りて
いくと、道が右に折れたところで無くなり、潅木の藪となった。

 
こんな広い登山道がコーナーを曲がると突然 ブッシュとなり行く手を遮る

曲がり角へ引き返して尾根沿いを進むが、これも又西に振る。 東に軌道修正して潅木の中を半時間さまよう。又植林の尾根道
に出て下がっていく。大野山の峰に乗る手前で、鉄塔から伸びる電線が交わる場所がありその角度を目印にしていたが、辺りが
薄暗くなってきた。歩き易い道を選ぶと鉄塔巡回路らしく知らぬ間に舗装道路に飛び出した。

 
ブッシュを北東を目指して乗り切る    尾根の登山道に出る

 
 又 道がなくなる           たまらず鉄塔巡回路を下りる(17時10分)

加茂・角野線ー早川(はいかわ)−飯岡 (西条) (18:00−23:30h)

舗装道路には「加茂・角野線」とある。地図ではこれを東に進むと銚子の滝上部に延びているので厄介だ。西に歩くと沢部では
土砂や木が道を塞ぎ、道路が大陥没を起こしている。今年の山は厄年だった。細めの尾根筋に着き、標識がないが構わず尾根
を北に進む。故郷 新居浜方面から赤い月が出てきた。

この尾根筋が大野山の峰なら東側に下がる道があるはず。でも道は西へ向いている。又軌道修正して谷を一つ越して東側の尾根
に乗る。シャバに近づいているのに闇がそれを妨げる。林業の作業道らしい小道がある度にそこを下りてみるが、道のない沢が
っている。

沢の冷たい水を飲み月を見上げる。ヘッドランプと白光ダイオードの簡易ライトで歩く道を照らすには充分だったが、遠くや周りの
様子までは見えない。数箇所で沢下りを試みるが200mくらい進むと危険箇所が現れてまた尾根に這い上がる。舗装道路から
最終尾根に入り、こんな事を18時からかれこれ4時間くらい繰り返し、高速道路のトンネルが左手の眼下に見える鉄塔まで到着。

どうも大生院じゃなさそうだわい。西隣の西条市の高速道飯岡トンネルだ。不思議なことに東側の高速西条インターが見えない。
地図を見て予想するに、どうやらここは早川(はいかわ)の尾根らしい。この東に下りると民家や道がある。鉄塔から東に下りる
道を進むが結局又砂防ダムへ下りて道がない。又シダが生い茂る急登を無理に鉄塔まで上り返す。西へ下る道も沢に続く。

え〜い面倒だ! 真北に向かって獣道を降りる。沢沿いに下るといきなり川の向こうに民家が出現。飯岡の大浜という部落に
違いない。月明かりに照らされたこの光景は何だ。大きな岩が民家の近くまで押し寄せて大規模な土石流があった事を示している。
今年は本当に山にとって災難の年だったなあ。時刻は23時30分 民家の犬に吼えられながらトボトボとこの被災地を降りて行く。

         
   高速道路の高架近くまで下りて本日最後の写真を撮る (23時40分)

長い一日だった。朝の暗いうちから夜中まで歩き通した。
誰もいない新居浜の実家に帰り風呂に入る。傷だらけの手足をしみらせながら、朝日の陰が山肌を刻み素晴しかったちち山、振り返
った逆光の冠山ー平家平の尾根、樹氷の笹ヶ峰 なんだか随分昔の事のように懐かしむ。手足が湯船で体を動かす度にやけにしみる。

みんなに心配をかけてしまったお仕置きだろう。あの舗装道路からの尾根道を間違わなかったら20時には下山出来ていただろう。
惜しかった〜
故郷(ふるさと)新居浜の山「ウェストサイド物語」は多少の手違いはあったものの、満足のうちに成し遂げられた。


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